村上春樹の『ノルウェイの森』の装丁に使われている赤と緑にはいくつかの説がある。それはキズキが死に場所に選んだ赤いn360とキズキが死ぬ直前に遊んだビリヤード台の緑。村上春樹の友人の死が『ノルウェイの森』の赤と緑に深く結びついているような感じがする。 少しでも本物の愛情の、欠片でもいいからあったなら、と。 でしたら一度試しに、「直子は僕を嫌ってはいないが、愛してはいない」ぐらいの前提で読んでみてはどうでしょうか??? ミドリが想像上の熊に抱いたのと同じ量の愛情を しかし昔からよくある 愛がこもっていて与えるなら愛の形の一つだと思いますが、「直子は僕を愛していなかった」と捉えているNo.1さんや私から見ると、愛ではないんですよ。 「そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。」 村上春樹「ノルウェイの森」に出てくる有名なフレーズに ミドリが熊に好感を抱くのは理にかなっているが 「なんだっていいわよ。私が気持ちよくなるようなこと」 引き潮のように。 今回は村上春樹の『ノルウェイの森』の名言を13個集めました。 村上春樹作品でいちばん有名な作品ですが、まあ難しいですね、内容は。 翻訳もかなり読みやすく、日本語に忠実に訳されている感じです。 「どんなこと?」 愛情を抱かれてもいないのに、心ここにあらずで、ぜーったいに手が届かないのに、「忘れないでね」と言われたわけですよね。 僕に対してそれほどの気持ちも無いのに。 大ベストセラーとして知られる、村上春樹の『ノルウェイの森』。死と再生を描いた内容は素晴らしく、文章も儚くも美しいもので構成されていますが、一方で読み手を選ぶ小説ということも事実です。この記事では、そうした点を徹底解説しています! つまり、ミドリが想像しやすい尺度で この本の特徴の一つは主人公の「よく分からない」という言葉です。全体的にこの「よく分からない」という不可解さの雰囲気が基調となっています。若いときにありがちな将来への不安、アイデンティティの不確かさなどから、それは発せられるものでしょう。最後の「いったいここはどこなんだ?」というセリフがそれを象徴的に表しています。 この本の特徴の一つは主人公の「よく分からない」という言葉です。全体的にこの「よく分からない」と...続きを読む, 下のほうの他の方からの質問にも書いたとおり(jojo-jojo-jojoさんも回答されていますね)、最近読み返していないので曖昧な印象で、ですが。 今回は村上春樹の『ノルウェイの森』の名言を13個集めました。 村上春樹作品でいちばん有名な作品ですが、まあ難しいですね、内容は。 翻訳もかなり読みやすく、日本語に忠実に訳されている感じです。 だいぶ限られるので、より汎用的にするために とか、 皆さんのご意見を仰ぐことができれば幸いです。よろしくお願いします。, 第1章の終わりで主人公の「僕」が次のように言います。 ところで、質問者さんは、直子が僕を彼女なりに愛していたと思ってらっしゃるんですよね。 昨今、電子書籍はコミックを中心に広く普及し、すっかりお馴染みの存在となりました。 電子書籍リーダーの代表的な端末は、Amazonから発売されている「Kindle」でしょう。 コミックや雑誌を読むのにKindleを... どんなに国語が嫌いな人でも、夏目漱石の名前くらいは聞いたことがあるでしょう。教科書にも必ず掲載されている作家ですし、作品も一度は読んだことがあるのではないでしょうか。 しかし、いざ国語の授業で読まされてみたものの、そこから漱石の面白さ... 月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也——。 このあまりに有名な書き出しで知られている歴史的紀行作品が、松尾芭蕉の『奥の細道』です。 本作はそれまで「遊び」の一環として捉えられていた「俳諧」というジャンルを芸術に昇... 謎、というものに、どうしようもなくひきつけられることはありませんか? そもそも「生きていること」それ自体が大きな謎です。 だからこそ、謎に引き付けられるのは自然であり、ミステリが時代を問わず支持される理由なのかもしれません。 ... 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり——。 この物語の名を知らずとも、書き出しは聞き覚えがあるという方も少なくないでしょう。 本日解説するのは、恐らく日本で最も「暗記」されているであろう古典文学『平家物語』です。 ... さて、今回は日本の近代作家・森鴎外の『高瀬舟』について解説をしたいと思います。この作品、「とにかく硬くて地味」なイメージではないでしょうか。 『高瀬舟』というタイトルは「え?なんの船?」って感じですし、作者の森鴎外についても、... 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第1章の終わりで主人公の「僕」が次のように言います。 『ノルウェイの森』作中の名言を個人的にまとめようと思いついた。久々にページを繰り出すと、「あれも良いな、これも良いな」と収拾がつかなそうなので、登場順にまとめていった。このコラムでは上巻のみ紹介する。 下巻篇はこちら→ https://note.com/gakio_literature/n/n61295b602fd5, 注意点。これは『ノルウェイの森』を読まれた方に向けた企画だ。存分にネタバレする。未読の方は要注意です。, そして、できればこの作品にポジティブな感想を抱いていない人にこそ読んでほしいと思っている。, だから、ネット上に転がってる、この小説を読んでいなくても書けるようなベタな文章は選択していないはずである。, もちろんテクストを部分的に引用しても、作品の魅力は十分に通じないことはよく分かっている。文脈というものがあるし、長い文章を紡いだその連続性のなかに、人物像や情景が浮かび上がってくる。というよりも、そのような連続性を用いて技巧を凝らした散文こそが「長篇小説」という言語芸術なのである。, そのため、特定の文章を選んだその解説と、個人的な選出の理由も合わせて述べていくことにする。, これは東京で寮生活を始めた「僕」に対して、中央線で偶然再会した直子が「私にもそういう生活できると思う?」と訊ねたその返答である。同居人というのはもちろん突撃隊のことで、物事の列挙の最後にユーモアをもたせるというのは「僕」の一貫した態度であると思われる。この笑いの取り方というのは誰しも無意識に使ってるんじゃないだろうか。前に一度話題に出ていたものを違う話題で再登場させるのは、簡単だしおもしろい。「下らない奴が威張ってる」というのがこの世の中の常である。客観的に自分を見れない人間、人の気持ちに配慮できない人間が多すぎる。他人を支配したいとか、欲望のままに生きたいというのはまさに「下らない奴」だ。こういう者たちが売れてるから、有名だからという理由で『ノルウェイの森』を読んで、物語に共鳴できるわけがないのだ。では「僕」の考える「下らない奴」とは具体的にどういう人間だろうか。, 寮生活の当初、「僕」が永沢さんに対して抱いている感情である。ビリー・ジョエルの有名な曲に「Honesty is such a lonely wordEveryone is so untrue」というフレーズがある。筆者もこの「僕」とまるきり同じ考えをもっている。というよりも思春期に読んだことでこの小説に価値観を形成させられた。というのもそのこと僕の世界の全てだった学校という場所にいる教師という人間は、正直さとはまるきりかけ離れた人間だったからだ。自らの威厳を守るために偉そうにするしいうことを聞かなければキレるし嘘も平気でつく。何の権利があるのか生徒に命令をする。当然生徒は、サラリーマンのように報酬をもらうこともできない。自分の過ちを認めない人間がこの世界に多すぎる。ツイッターを開いたらそんなものばかりだ。自分を否定されることが許せなくて、否定=悪と決めつける。そしていばる。矛盾したことを言う。こういう人間たちは「僕」にとって下らない奴なんだろう。そして永沢さんはそうではない。, 突撃隊が「僕」にインスタント・コーヒーの瓶に入れた螢を渡す場面である。ルームメイトとしてパンチの効いた突撃隊は、「僕」のトークの鉄板ネタだった。直子との関係がうまくいっていないことを察していた突撃隊なりの優しさが心を締め付けられる。女子大生に螢をあげたって喜ばねえよ、子供じゃないんだから、などとは「僕」は一言もいわない。一言も書かない。ただ「ありがとう」といい、その後瓶の蓋をあけ螢を逃す。この場面の美しさは、それまでの僕と突撃隊との一連の流れを読まないと体感できない。ノルウェイの森の原形となった短篇「螢」はこのモチーフが核になったもので、村上春樹の詩的イメージの豊かさに惚れ惚れする。, この部分は筆者が「僕」に愛着を持っていることを端的に示している。講義に出ても出席を取らないという行為は、異常だ。しかしこれにはちゃんとしたわけがある。社会主義革命に影響されて(?)学生運動に参加した人たちは、大学解体を叫びキャンパスをバリケード封鎖した。ところがいざ機動隊が介入すると活動をやめ、講義にでて単位を取り始めた。もちろん卒業し、きちんと就職し、資本主義社会のなかで賃金を得ながら生きていこうという気持ちの現れである。「僕」は言葉だけは過激に用い革命に懐疑的な学生に当たりを強くしながら、いざ風向きが変わればそれにひらりと身を任せてしまう中身のない人間の行動が許せない。だからこそこのような行動に出る。これは「僕」の若さというふうにも言えるかもしれないが、譲れない価値観があるというところは素晴らしい。物語にはこのような偽善を許さず社会の不条理を打ち破るようなキャラクターが人気を得やすい。漱石の『坊っちゃん』も大ヒットした半沢直樹も、猪木の新日本に反旗を翻した長州力の維新軍もそういうことだ。しかし当然のことだが、「僕」がそれによってプラスになることはない。彼はさらに孤立したのだ。ただ、後に重要な人物となる小林緑が「僕」に興味を持った理由、それは他でもなく、「僕」が出席のときに返事をしなかったからである。この後「僕」は、大学教育はまったく無意味で、退屈さに耐える訓練期間として捉えることになる。このことは筆者自身の大学生活と照らし合わせてよくよく共感できる。大学生活が無意味なのではなく、「大学教育」が無意味なのだ。教授の講義は研究の片手間だ。内容は初歩的だ。高い授業料がどうこういうが、誰だって他の大学の講義に潜ったってバラやしない。大事なのはやりたいことを勉強できる環境が与えられていることであって、シラバスに基づいた講義内容ではない。だから僕は講義中まじめ腐って板書している学生が嫌いでしょうがなかった。まだパズドラをやってる学生のほうがマシな気がした。, 小林緑が「僕」を家に招き、昼食をご馳走し、火事を見物したあとのセリフ。休みの日に行動を制限されるとことの不快感はよくわかる。この電話を待っている相手というのは、父親の入院している病院からのものではないだろうか。「僕」に対して緑は父親はウルグアイにいると嘘をついているので、初読の読者には分からなくなっている。俗にいう伏線ということになる。, キャンパスでテニスをやったりバーンスタインのLPを持った学生が立ち話していたりという様子をみて、一人でいる僕が感じる場面。わかりみが深い。他人といるときには感じないが、一人のときはこれを感じる。仲良くなりはじめた緑との遊びの合間にこのような描写が挟まれていることがリアリティを増している。, この点も、「僕」の特色をよく表している。また、筆者の価値観と共鳴する部分がある。適当なうそをついてごまかさない。大切な人に対しては、誠実に正直にあろうとする。そもそも、複数の女性とセックスすることを悪だとは感じていない。直子もそのことをちゃんと認識している。ただ筆者と違うのは、夜の街で酒を飲んでそこらへんの女と寝れてしまうことだ。筆者はその段取りを踏むことが苦手、というかうまくいった試しがないので、風俗店に行く。『ダンス・ダンス・ダンス』に、お金を払って女と寝る選択肢を考えたことがなかったというのが出てくるが、この辺り村上春樹の実体験なんだろうな、と思う。, さて、このコラムは下巻へと続いていく。下巻では、より「僕」と親密になった小林緑が「下らない奴」をこきおろしたり、レイコさんが「僕」にこの世の中の真実を忠告したりする。あまりに多くの人物の死が登場するが、一つとして「僕」が同じ感情を抱くものはない。大切な人の死と、緑の父親のように一定の距離のある人の死とは、心を揺さぶる大きさが違う。緑は母親が死んだ時、悲しくなかったと語る。色々なものを「対比」として当てはめて読むことが可能だ。直子と緑の対比は誰でもするだろうが、直子の死と緑の父親の死を対比させることもできる。, 一貫しているのは「僕」、緑、永沢さん、レイコさんともに、自らに対して誠実であろうとしている部分だろうと思う。, またそれらを考え、表明するために描かれる日常生活の描写に垣間見える、ポップカルチャーの数々。それはフィツジェラルドの小説だったり、ダスティン・ホフマンの出てる映画だったり、水仙の花束だったり、ビートルズの音楽だったりする。東京の雑踏だったりする。筆者は十代の半ばからこの作品を読み続けていくことで、あまりに多くのポップカルチャーを知ることができた。, ブックオフで本を買うことについて、及びそれに付随する読書を巡る独白、及び全く関係ない夏目漱石を巡るなにか, https://note.com/gakio_literature/n/n61295b602fd5. なんかもっとわかりやすく的確に愛を伝える わ、わかりにくい。 >これが愛の形の一つでないのなら、いったい何なのでしょうか? そこまで直子は冷徹だったのでしょうか。 の2つなら、後者のほうがずっと辛いと思います。 つまり、自分ことを忘れないで欲しいといった直子の言葉が、愛して「さえ」いなかった、と結論付けられることに違和感を覚えてしまうのです。これは何故でしょうか? =============== ・愛していなかったからだ。 僕が熊に抱く愛情の大きさ=僕がミドリに抱く愛情の大きさ メール:akikosaito1120 アット gmail ドットコム. この本を10年以上、何度も読み返していますが、村上作品の中でもとりわけこの箇所だけ、どうしても判然としません。本全体を読んでも、直子は直子なりにワタナベ君のことを(キズキしか本当は愛していなかったとしても)愛していたと思うからです。 自分は彼女の心を手に入れることはできない、永遠に。 この話の中で熊と遊んでいたのはミドリであって、 ・うさぎが人参を好きなくらい僕は君のことが好きだよ たとえば、直子は微笑かけてくれる。 この心あたたまるエピソードを聞いた時に感じる 好きだったのだとは思いますが、目の前にたまたまいる思い出を共有する知人を好ましく思うことと、一人の異性を深く愛することは全然別です。 でも彼女の存在の本体・・・心なのか、魂なのか何なのか・・・・には決して触れることができないし、彼女を捕まえることもできない。 「春の野原を君が一人で歩いているとね、 僕が君に抱いたので想像してねということとか、 何となくは解るつもりなんですが(もちろん自分勝手な解釈ですが)、言葉で説明しようとすると難しいです。 愛情の大きさがわかりやすい尺度になるので さかなクンがさかなのことを好きなくらい僕は君のことが好きだよ 向うからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。 宮城県生まれ。青山ブックセンター六本木店やwhite-screen.jpなどを経て現在フリーランスのライター/エディター。, 編著書:「Beyond Interaction改訂第2版」http://ow.ly/nawcD 私も直子は、「僕」のことを愛してはいなかったのだろうと思います。 彼女は自分を愛してなんかいない。 愛情の大きさを伝えればいいのである。 「ねえ、ねえ、何か言ってよ」と緑が僕の胸に顔を埋めたまま言った。 ラムちゃんが諸星あたるのことを好きなくらい僕は君のことが好きだよ (村上春樹『ノルウェイの森 下』p.154-155より) 【ホンシェルジュ】 村上春樹の名作『ノルウェイの森』をさまざまな角度から徹底解説!残酷で救われないけど、どこか美しい。現代にも通じる愛の構図がそこにはあったのです。 | 綾鷹茂吉(濁りのない文章を心がけています) とか、 「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。「それ何よ、春の熊って?」 「そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。」 好きだったのだとは思いますが、目の前にたまたまいる思い出を共有する知人を好ましく思うことと、一人の異性を深く愛することは全然別です。 =============== そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。 『ノルウェイの森』作中の名言を個人的にまとめようと思いついた。久々にページを繰り出すと、「あれも良いな、これも良いな」と収拾がつかなそうなので、登場順にまとめていった。このコラムでは上巻のみ紹介する。 下巻篇はこちら→ つまり、一度熊と遊んでいることを想像させて、 「春の熊くらい好きだよ」というのは、言葉だけだと 「どれくらい好き?」 @tksがニコニコ学会を好きなくらい僕は君のことが好きだよ 『ノルウェイの森』作中の名言を個人的にまとめようと思いついた。久々にページを繰り出すと、「あれも良いな、これも良いな」と収拾がつかなそうなので、登場順にまとめていった。このコラムでは上巻のみ紹介する。 下巻篇はこちら→ ちょっと違いすぎるのであまりピンとこない。 >>主人公の「僕」が求めているから、与えているようにも感じました。 できるのではないだろうか。 思い浮かばない。引き続き考えます。, 齋藤あきこ 「僕」は直子の(肉体的な)手に触れることができる。 愛情を君に持っている(=それだけ大事に思っている) >問題はこの「さえ」なのです。「愛していなかったからだ」ではなく「愛して『さえ』いなかったからだ」。この言葉に込められた意味を、どうして...続きを読む, ※各種外部サービスのアカウントをお持ちの方はこちらから簡単に登録できます。 主人公が好きになる条理がない。 お客様の許可なしに外部サービスに投稿することはございませんのでご安心ください。, http://be.asahi.com/20050702/W21/0001.html, http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101001 …, 小説 君の膵臓を食べたい。を読みました 面白くて一晩で読んでしまい、次に 博士の愛した数式を読みまし, 普段全く本を読みませんが心機一転、本を読みたいと思います。小説以外のもので面白い本やためになる本、オ. のように思えるが、そうではない。 とか、 精神を病んでいて、どうしようもなく死に惹かれていた(魅入られていた?)んだろうと思いますが・・・ みたいなやつは、水深と愛情の大きさのスケールが さて、本日は以前に私が運営している雑記ブログで「現役大学生が選ぶ!学生・20代のうちに読むべきおすすめの小説5選」という記事でも取り上げ、単体記事を書くことを予告していた小説について記事を書いていきます!, 結論からいうと、私は『ノルウェイの森』が日本人作家の本では恐らく一番好きなのではないかと思います。, しかし、一方でいわゆる「ハルキスト」でもないため、好きな小説だからこそ最初のほうはガンガン批判もしていきます。, 一方で称賛も欠かしていませんので、中立的な視点で描くように心がけた結果と思ってください。, 本作は電子書籍として読むことも可能で、その際はAmazon発売のリーダー「Kindle」の使用をオススメします。, 暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。, 僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。, この小説は400万部以上を売り上げた大ベストセラーになったわけですが、正直私は万人ウケする本ではない、と結論付けました。, この本が売れた理由は、恐らく内容そのものではなく、本が発売された時代背景が大きく作用していると感じています。, 実際、著者の村上春樹もこの小説が売れたことで「ひどく孤独になった」と語っているくらいですし。, 内容はある意味とても人を選ぶもので、恐らく400万人のうち250万人は「そんなに面白くないなぁ」と感じたのではないでしょうか。, 普段本を読まない方が気楽に読み始めると、思わず投げ出したくなるような作品でもあります。, おそらくハマり方は二通りあり、「何だか世間から浮いているような気がする若者」が内容に共感する、または村上春樹の文章や世界観が好みにストライク、というものです。, 世間と今一つ馴染めず、日々を無為に過ごしがちな大学生を主人公とし、ヒロインの心は高校時代のある地点に立ち止まったまま、体だけが生きています。, こういった内容のため、大ベストセラーではありますが、特に若いうちに読むべき本だと思います。, そのため、「ノルウェイの森を読んでみたけどつまらなかった」というような書評がネット上では多くみられます。, そこで、まずはあえてこの小説がもっている「小説的欠陥」という部分を明らかにしていきましょう。, 主人公の「私」は、失われた親友の彼女・直子と親しくするようになるのですが、彼女はやがて精神を病んでしまいます。, 最終的に直子は死に、そのまま同時期に交流を重ねていた大学の同級生・緑を選ぶことになります。, 言うなれば「モテる」男でもありますが、モテる理由も詳しくは描かれず、その点もストーリーから説得力を失わせています。, そのため、事実だけを見ていくと「なんとなくモテて、なんとなく事態が展開されていく」だけになってしまうのです。, また、ストーリーに大きな出来事はありますが、それがあまり強調されて描かれることはありません。, 直子との再会をはじめとする出来事は、村上春樹流の表現でサラリと流されてしまうのです。, そのため、これもやはり事実だけをみてしまうと、すごく一本調子で平坦なストーリーに感じられるでしょう。, 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。, 若者の読書離れが叫ばれて久しい時代ですが、学生や20代のうちに読んでおくべきおすすめの人気名作本・小説を紹介しています。教養としての本と面白い本の違いや、若者が本を読むべき理由についても解説していますので、本の選び方の参考にもしてください。. この本を10年以上、何度も読み返していますが、村上作品の中でもとりわけこの箇所だけ、どうしても判然としません。本全体を読んでも、直子は直子なりにワタナベ君のことを(キズキしか本当は愛していなかったとしても)愛していたと思うからです。 > 「愛していてくれていたらまだしも良かったのに(愛してくれてさえいない)」という反語的に私は感じます。 ノルウェーの森を読みました.何点か気になりますが,特に緑の父が病床で死の5日前にワタナベに発した「切符・緑・頼む・上野駅」という言葉が気になります.この父が,かなりの弱りきった状態で片腕を懸命に上げてまで伝えたかったこと ノルウェーの森を読みました.何点か気になりますが,特に緑の父が病床で死の5日前にワタナベに発した「切符・緑・頼む・上野駅」という言葉が気になります.この父が,かなりの弱りきった状態で片腕を懸命に上げてまで伝えたかったことは一体何なのでしょうか?きっと重要なことなのではないかと考えてしまいます.私がワタナベならば,ずっと考えるでしょう. あとは >問題はこの「さえ」なのです。「愛していなかったからだ」ではなく「愛して『さえ』いなかったからだ」。この言葉に込められた意味を、どうしてもつかみ損ねてしまいます。 「君が大好きだよ、ミドリ」 ・愛してさえいなかったからだ。 と言われてもミドリはうれしくないだろう。 私も直子は、「僕」のことを愛してはいなかったのだろうと思います。 〜中略〜 言葉というものはないんだろうか。 といえば、 なので、同じスケールで比べればいいのではないか。 感じますよということかもしれない。 でもこれだと分脈を共有出来る人が そんな“試しに”が有効かどうかは分かりませんが、あくまでも試しに。 それなのに、「忘れないで」なんて言われるのは、「僕」にとっては残酷なことではなかろうか。 ようなほっこりした気持ちをミドリといると 相手にも具体的にその大きさを伝えることが 「春の熊くらい好きだよ」 さて、しかし、先の引用は「今の僕にはわかる」という確信から発せられています。直子が彼を愛して「さえ」いなかったのは「僕」には疑いのない事実のようです。問題はこの「さえ」なのです。「愛していなかったからだ」ではなく「愛して『さえ』いなかったからだ」。この言葉に込められた意味を、どうしてもつかみ損ねてしまいます。 冷徹なのではなく、力無くただ流れに任せているだけ。 「海より深く、山より高く君のことが好きだ」 村上春樹「ノルウェイの森」に出てくる有名なフレーズに 「春の熊」というのがある。 =============== 「ねえ、ねえ、何か言ってよ」と緑が僕の胸に顔を埋めたまま言った。 そしてたとえ空想の話に出てきた熊と同じぐらいの 彼女は別の世界に生きているような人。 連載:コロカル http://ow.ly/nawhu 、redbull、雑誌Switch、MdNなどに寄稿。FITC Japanese Ambassador。 直子は愛していないという前提で読むのと、直子は愛しているという前提で読むのでは、捉え方が違うかもしれない。, 下のほうの他の方からの質問にも書いたとおり(jojo-jojo-jojoさんも回答されていますね)、最近読み返していないので曖昧な印象で、ですが。