万葉仮名の分類を行った結果、かつては 50音図やいろは歌が広まった平安時代以降は概ねアイウエオ5段だったんだけど. 松本克己(1995)『古代日本語母音論――上代特殊仮名遣いの再解釈――』ひつじ書房; 森博達(1991)『古代の音韻と日本書紀の成立』大修館書店 ※母音説については,1→6→3→4→7→5の順で読むと議論の道筋がつかみやすくなります。 上代特殊仮名遣(上代8母音説)は、上代には今日のaiueoの5母音(甲類)以外に、ieoに別種(乙類)があり、全部で8母音だったという説である。 日本全国で通じる現代日本語(いわゆる全国共通語)に限って言えば,母音は /a/, /i/, /u/, /e/, /o/(アイウエオ)の5つしかありません。全国共通語は東京のことばが母体ですが,東京に限らず日本の多くの地域では /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ の5母音体系になっています。, なお,ここで / / でくくって母音を書いたのは,音素としての母音であることを示すためです。音素とは, “人が聞き分けられる最も小さな音” で,なおかつ “意味の違いを生み出す音” だと思ってください。例えば日本人は /i/(イ)と /e/(エ)を簡単に聞き分けられますし,この音の差が「胃」「絵」のように意味の違いにもつながっていますね。しかし実際の発音(音声。[ ] でくくって書く)では, /e/ は, [ɛ] や [e] など複数の音で発音されているにもかかわらず,耳には一つの /e/(エ)にしか聞こえません。このように,口では様々に発音していても,聞き分けられる(つまり音素としての)母音は現代日本語には5つしかないのです。, 一方で方言の中には,母音が5つより多い方言,あるいは少ない方言もあります。母音が少ないことで有名なのは, /a/, /i/, /u/(アイウ)の3母音しかない琉球方言です。琉球方言はさらに奄美方言・沖縄方言・先島方言に分かれていて,島ごとに言語差も激しいのですが,那覇市で話されている沖縄方言をはじめ広域で /a/, /i/, /u/ の3母音体系になっています。特徴は,全国共通語での /e/ が沖縄方言では /i/ になり,同じように /o/ が /u/ に変っている点です。元々は沖縄方言も5母音だったのですが,16世紀頃から「口蓋化(こうがいか)」という発音の際に舌が上昇する現象が起こり, /e/ と /o/ がより高位置にある /i/ と /u/ に合流してしまいました(【図1】参照)。, したがって沖縄方言では,「雲」は [kumu] (クム),「根」は [niː] (ニー)と発音します。身近な例でいうと,沖縄料理で「すば」や「ジーマミ豆腐」という料理名を見たことはないでしょうか。あれも母音の影響により,「蕎麦(そば)」のソがスに,「地豆(じまめ,ピーナッツのこと)」のメがミに変ったものなのです。, 他に,石垣島や宮古島が属する八重山方言・宮古方言(先島方言に含まれる)では, /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ に,舌の中間位置で発音する中舌母音 /ï/ が加わった6母音体系になっています(例 : 頭 [tsïburï] )。これは /e/ → /i/ の変化に合わせて元々 /i/ だったものが /ï/ に推移したと考えられています。奄美大島や徳之島の奄美方言では,中舌母音の /ï/ と /ë/ も加わった /a/, /i/, /ï/, /u/, /e/, /ë/, /o/ の7母音体系と言われています(例 : 目 [mï] ,前 [mëː] )。, 他方,歴史を振り返ってみると,奈良時代以前には母音が5つより多くあったとも言われています。これには「上代特殊仮名遣い」が深く関わっています。上代特殊仮名遣いとは,キヒミ・ケヘメ・コソトノモヨロと,これらの濁音でのみ2グループ(甲類・乙類)に書き分けられる仮名遣いのことです。, 【図2】を見て下さい。例えば当時の「キ」は,伎・吉・城…などたくさんの万葉仮名(漢字の音訓をかりて日本語の音を表記したもの)で書かれているのですが,〈雪〉のキは「伎」「吉」のように必ず甲類の文字で書かれており,反対に〈月)のキは「奇」「紀」のように必ず乙類で記され,甲類・乙類が混同されることは決してありません。キヒミ・ケヘメ…の音の数は非常に多いのに,なぜここまできっちりと2グループに書き分けられたのでしょうか。それは,古代人が一語ずつ字の違いを覚えて書いていたからではなく,音素に基づいて書いていたからなのです(現代日本人が /i/ と /e/ の音素を簡単に聞き分け,書き分けられるのを想像して下さい)。, 当初,この甲類・乙類の差は母音の違いだろうと考えられ,甲類に /i/, /e/, /o/,乙類に /ï/, /ë/, /ö/ を想定し,これに /a/, /u/ を加えた8母音説が提出されました。しかしこのような母音体系は言語として存在しがたいことなどから反論され,6母音説や5母音説が新たに提唱されます。6母音説では,イ段・エ段の母音は /i/, /e/ ととらえ,前の子音が口蓋化している(=舌が上がって発音している)かどうかが甲類・乙類の差に関わっていると推定します(甲類 : /kji/, /kje/,乙類 : /ki/, /ke/ )。しかしオ段だけは /o/ と /ə/ の音素差ととらえるため,合計 /a/, /i/, /u/, /e/, /o/, /ə/ の6母音となります。5母音説は現代と同じ /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ の5母音だったと考える説です。この説も,イ段・エ段については6母音説と同じように解釈しますが,オ段は /o/ の一つであり,甲類・乙類は音声の差にすぎないとみなしています。この他にも,当時の中国漢字音から万葉仮名の音を推定して7母音説を唱える立場や,別のアプローチから6母音説を示す立場もあります。, 今日では8母音説はほとんど支持されていませんが,定説となっている説もまたありません。この上代特殊仮名遣いは平安時代に消滅します。よって5母音になったのもこの頃からと考えられます。, ところで,5母音の言語というのは,世界の言語から見ると珍しい方なのでしょうか。実は /a/, /i/, /u/, /e/, /o/ の5母音は音の体系として安定しており,世界の言語の中で最も多いと言われています。英語や中国語に比べると数が少ないように思えますが,母音が5つというのは言語一般から考えるとありふれたことなのですね。, TAKEMURA Asuka 上代日本語(じょうだいにほんご)とは、奈良時代およびそれ以前(歴史的な時代区分で云う「上代」)に使用されていた日本語である。 音韻としては6母 音で あった可能性もあろう3). このように「母音字」が多いので韓国語は日本語と比較して母音が非常に多いように思いましたが、実はヤ行とワ行の[y]と[w]は母音ではなく、半母音ですから、日本語にない母音は[ɔ]だけだということにな … 日本語の母音は昔からアイウエオ5段だったわけではなく、時代によって変遷があった. 昔から日本語にあった母音の数に対しての説は大ざっぱに二つの学説に分けられる。それ は五母音説と八母音説である。特殊仮名の研究の初めには同じ音節に違う仮名の使用は母 また、借用語を除けば、濁音およびラ行音は語頭には立ち得なかったとされる[12]。, なお、これは、Oxford Corpus of Old Japaneseなどで使用されるフレレスビッグとホイットマンによる表記である[2]。, (地の文の甲乙は、index notationに基づいて下付き数字で表示し、上代別国語大辞典上代編を参照した。), 動詞の活用の種類はほぼ中古日本語と同じだが、中古に下一段の「蹴る」の「け-」は、上代には「くゑ-」と下二段に活用するので下一段活用はなかった。形容詞未然形に「け₁」があり、「うら悲しけむ」のように活用した。形容詞已然形は「け₁れ」「しけ₁れ」のほかに、已然の意味を表す「け₁」「しけ₁」の例もあった。, 「曰く」のような「ク語法」が、活用語を名詞化する語法として広く用いられた(語らく、惜しけくもなし、散らまく惜しみ)。, 「山(を)高み₁」のように形容詞語幹「高」に「み₁」という形態を接続させる「ミ語法」が、後代より広く用いられた。「山が高いので」の意味になる。, 形容詞の語幹が後代より広く用いられ、「白玉」のようなものだけでなく、「うまし国」のようにシク活用でも名詞を修飾したり、「太知り」「高行く」のように用言を修飾したり、「遠のみ₁かど₁」のように連体格助詞を伴ったりもした。, 助詞「よ₁り」は、ほかに「ゆ・ゆり・よ₁」の形もあった。「或いは」の「い」はこの時代用法が広く(毛無の₂若子い笛吹き₁上る)、副助詞・間投助詞・主格助詞などの説がある。, 「る・らる」は「ゆ・らゆ」の形もあった。 専門は日本語音韻史。キリシタン資料や方言資料などから日本語の変遷を追っている。論文に「『日葡辞書』の開拗長音」(『国語国文』81-3,2012年),「九州方言エ段音節の再検討――中世日本語エ段音節の再構に向けて――」(『日本語の研究』9-2,2013年),「月経を表す「手桶番」の語源――上方落語『鮑のし』の語源説を起点として――」(『国語語彙史の研究』36,2017年)など。, ※母音説については,1→6→3→4→7→5の順で読むと議論の道筋がつかみやすくなります。, 国立国語研究所〒190-8561 東京都立川市緑町10-2TEL: 0570-08-8595 (ナビダイヤル)(c) National Institute for Japanese Language and Linguistics, (c) National Institute for Japanese Language and Linguistics, 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編(1984)『講座方言学10沖縄・奄美地方の方言』国書刊行会, 森博達(1999)『日本書紀の謎を解く――述作者は誰か――』(中公新書)中央公論新社, 服部四郎(1976b)「上代日本語の母音音素は六つであって八つではない」『月刊言語』5-12, 松本克己(1995)『古代日本語母音論――上代特殊仮名遣いの再解釈――』ひつじ書房. 昔の日本語の発音についてお伺いします。 現在の日本語の発音は50音図にあります46音(「ん」を入れて)で発音していますが、昔は「か行」は「か き く け こ」と「くぁ くぃ く くぇ くぉ」の発音が区別され、烏は「くぁらす」 会 上代特殊仮名遣(上代8母音説)の本質は連音. 昔の文献が読めるかどうかは大きく変わってくる。 例えば日本語のハ行音がp→f→hと変化したことは表記には反映されず覆い隠される。 「花」の発音はパナ→ファナ→ハナと変化したが表記は「はな」のま … 日本語の母音は上の表の5つしかありませんが、この母音の数って言語によって違うんですね。 例えば中国語なら約7個、アメリカ英語は約16個(数え方によって数は変わるので正確には言えません)です。 母音化を全体としてとらえたうえで, 日本語の歴史においてこの変化がいかなる 意味を持っているかという肝腎の問題が顧みられることは, あまりなかった。 と りわけ次の諸点, すなわち, 長母音化がどのようなところに生じ, それによって 日本語の母音には長短の区別があるが、これを音韻的にどう解釈するかは説が分かれる。「伸ばし音素」のようなものを認めることも、長母音を単に2つの(短)母音が並んだものと考えることも可能である。(下記 #/R/を参照) 子音. 日本語母音変化の歴史: 現代日本語に見られる「二重母音の融合法則」を手がかりにして 琉球語と古代日本語の母音体系の歴史的展開を推定し、AN祖語との比較に 持っていこうという試みです。チョット、話しが抽象的すぎるかも。 ⑵舌が動く位置 舌の前方か後方か. これは、昔の日本語では母音の連続が認められなかったから起きた現象だということを頭に入れておいてもいいかもしれません。現在では「あらいそ」や「かわはら」のように普通にいうことができます。 伝聞・推定の「なり」はラ行変格活用の活用語に接続する場合、中古以降は「る」つまり連体形に接続するが、上代では「り」に接続する(さやぎ₁てありなり)。時代別国語大辞典上代編にはメリは一例のみ存在とあり、萬葉集3450をみると実際に乎久佐乎等 乎具佐受家乎等 斯抱布祢乃 那良敞弖美礼婆 乎具佐可知馬利とある。一方で終止形接続の「みゆ」という形があり(と₂も₂しあへ₁りみゆ)、まるで助動詞のようであった。, 「語らふ」の「ふ」は後世より用法が広く(守らひ₁)、継続・反復を表す助動詞であった(「ハ行延言」ともいう)。, 存続の助動詞「り」はサ行変格活用の「せ」、四段活用のエ段に接続するもののほか、「着る」「来る」に接続した「け₁り・け₁る」の例もある。なおこれらエ段音は已然形ではなく命令形と同じである。これは上代特殊仮名遣いでカ・ハ・マ行のエ段音に二種類あり、甲類が命令形、乙類が已然形と分かれていることからわかる。, 当時標準語扱いされていたであろう中央(畿内、上方)の方言のほかに、万葉集の「東歌」に見られる東国の方言があり、万葉仮名の用い方が中央の歌とは異なるところがある。また越中の国司として赴任した大伴家持が『万葉集』巻17で「越俗語」で「東風」を「あゆのかぜ」という旨の注記をしている。, 藤井游惟(2007)『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦 その言語学的証拠 』東京図書出版会, 浅川哲也著「知らなかった!日本語の歴史」(東京書籍 2011年8月)p.144、p.178より。, ただし上代特殊仮名遣いの解釈によっては、後世とは違った種類の拗音や二重母音を想定することができる。, 現代の日本語でも、語頭に濁音が来る言葉は、漢語や外来語を除けば、本来の語頭母音が脱落した結果濁音が露出したもの(イダク > ダク、ウマラ/イマラ/イバラ > バラ)など、一部の語彙に限られる。またラ行音については、, https://books.google.co.jp/books/about/Old_Japanese.html?id=MkSDqluKPxsC&redir_esc=y, A GRAMMAR OF EASTERN OLD JAPANESE DIALECT p.907, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=上代日本語&oldid=80644101. 上代日本語(じょうだいにほんご)とは、奈良時代およびそれ以前(歴史的な時代区分で云う「上代」)に使用されていた日本語である。, 上代日本語がどういうものであったかを知るには、当時の金石文、木簡、正倉院に残された文書(正倉院文書)のほか、当時成立した文献の写本を調べる以外の手段は今のところない。そして文献として適当であるとされているものは『古事記』『日本書紀』『万葉集』各国の風土記のうち書写年代が古く後世の改変の少ないものがよく用いられる。また戸籍・計帳や消息などの文書などもあるが僅かな量しかない。しかし本居宣長に端を発する研究の成果によってその姿はかなり明らかになっている。, 日本語が記された最も早い資料は3世紀の魏志倭人伝である。「卑奴母離」(鄙守、夷守、ヒナモリ)などの役職名や固有名詞の語彙が見られる。日本列島で記されたものとしては471年銘の稲荷山古墳鉄剣に「獲加多支鹵」(ワカタケル)などの固有名詞や役職名がある。しかし長い文章の記されたものは量的に十分でない。『万葉集』や『古事記』『日本書紀』の歌謡など韻文資料が大部分を占め、散文資料は正倉院仮名文書(甲・乙2通。現存)や、『続日本紀』所載宣命、『延喜式』『台記』所載の祝詞などにとどまる。そのほか木簡も近年各地で発掘・資料整理が進んでおり、事務処理用文書、和歌、メモなど様々な種類があり、これらも上代日本語の資料に加えられる。, 文字は漢字のみであり、平仮名・片仮名はまだなかった。従って漢字を用いて日本語を表記した。その際、漢字の意味を用いる方法と、漢字の音だけを用いる方法とがあり、後者は万葉仮名と呼ばれる用法である。両者は用途に応じて混用されることが多いが、万葉仮名のみで綴られた文章や万葉仮名を用いない変体漢文で綴られた文章もある。万葉仮名のみを用いたものには、『古事記』『日本書紀』等の中にある歌謡や『万葉集』の一部、「正倉院仮名文書」と呼ばれる消息などがある。万葉仮名を用いないものには、『法隆寺薬師仏造像記』、『古事記』の本文などのほか、『万葉集』の「略体歌」と呼ばれる表記がある。両者を折衷したものの中には、助詞・助動詞・活用語尾などを小書きにした「宣命体」という表記もある。, 万葉仮名の用法には音読みを用いた「音仮名」と訓読みを用いた「訓仮名」とがあり、前者の方が早く後者は遅れて成立した。一字一音だけでなく、「兼(けむ)」「越(おと)」「金鶴(かね・つる)」のように漢字一字で日本語の二音節を表したものもある。また「金風」で「あきかぜ」と訓むような特殊な読み(義訓)や、「十六」で「しし」(16=4×4)、「山上復有山」で「いで」(山の上にまた山=出)と訓むような言葉遊び的な表記(戯書)もある。, オックスフォード・NINJAL上代語コーパス(ONCOJ)に語彙表が存在する[1]。, 現代日本語の母音体系は5つの音素からなるが、上代日本語においては万葉仮名の分析から、現代日本語でイ段の「キ・ヒ・ミ」、エ段の「ケ・ヘ・メ」、オ段の「コ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・ロ」にあたる各音がそれぞれ2種類に書き分けられていたことが知られている。このことから、上代日本語の母音体系にはi, e, o の各母音がそれぞれ2種類ずつあったとする、いわゆる「8母音説」(/a/ /i/ /ï/ /u/ /e/ /ë/ /o/ /ö/)が広く受け入れられてきたが、近年の再構(Miyake2003[2]) (Frellesvig&Whitman2008[3])などでは否定意見もあり、現代と同じ5母音説[4]もある。母音の数がいくつであったか、あるいは万葉仮名における漢字の使い分けをどう解釈するかには様々な説があり、またそれぞれの音価についてもはっきりとは分かっていない。詳しくは上代特殊仮名遣を参照のこと。またア行のエ(e)とヤ行のエ(ye)に区別があり、中古と同様ワ行のヰ・ヱ・ヲ(wi, we, wo)とア行のイ・エ・オ(i, e ,o)も区別があった。, 子音について、音素上は非常に簡素であるが音価については現代の日本語と異なっている点がある。, 音節構造は基本的に(C)Vであり、母音は語頭でのみ単独で出現することができた[9]。漢字音の影響を受けて音便と呼ばれる一連の音韻変化が生じるよりも前の時代であり、撥音(ン)・促音(ッ)は存在せず、拗音(ャ・ュ・ョで表されるような音)や二重母音(ai, au, eu など)[10]も基本的に存在しなかった[11]。